伝統食による“真の食育”を
元来、子供というものは疲れを知らず、無我夢中になって遊びに没頭し、よく食べてよく眠るというのが生活の主流でした。「食べる・遊ぶ・眠る」この三つの行動パターンを繰り返しながら、日々成長と発達を遂げる、生き生きとした存在でした。
ところが、最近の子供たちは人間形成の基盤となるこの三つの生活行動が、とても軟弱で希薄なのです。昔の子ども達とは比べようもない程、生理機能の発達や情緒の育ちに問題を抱えている子ども達が多いのです。
その原因の一つとして、幼児教育の現場から見えてくることは、人が人として育つ上において最も重要な『食育』の部分が家庭生活の中からすっかり欠落してしまっているということがあります。
遊びや眠りの行動を司る、育ちに合った『食の保証』がない子ども達がいっぱいいます。しかも、親が全く気付いていないのです。“食育”の重要性についてとても気がかりでなりません。
伝統食による“真の食育”を
聞こえてくる子ども達の“SOS”
幼児教育の現場で長年子ども達と接し、その成長と発達の客観的な視野に立ち、観察・考察をし続けてきた私たちの耳には、すでに子ども達のからの声なき声の“SOS”がはっきりと聞こえています。小さな体を張って社会に向け、一生懸命“SOS”を発しているのです。「お母さんご飯を食べさせて。体に良い物を食べさせて。もうこれ以上、体に悪い薬や食べ物はやめて!」と。
私たちの目には見えない恐怖の有害化学物質汚染、子供たちの脳や体に忍び寄る猛毒ダイオキシン、氾濫する食品添加物、さらに食の欧米化。
何も選べない拒絶できない子ども達は、親が出す食事やおやつをただ黙って食べるしかないのです。たとえ、それがどんなに有害な添加物・農薬漬けの物であっても、体に合わない成長にそぐわない物であったとしても、何もわからない、何も知らない子ども達は、親を信頼して大人を信じて口にするしかありません。
子ども達の問題行動や様々なアレルギー疾患の原因は、日々の食生活によるところが非常に大きいのです。その証拠に、『ご飯とみそ汁』を中心とする『伝統和食』で育つ子は、子どもでありながらとても落ち着いていて、子どもらしい安定感と生気があり、肌の色艶もよく、生き生きとした健康的な表情をしています。遊びや活動にもとても意欲的で、幼稚園での集団生活にも調和と安定が感じられます。
つまりは、食べ物一つで子どもたちの育ちが大きく違うのです。
■菓子パンと牛乳の朝食 生気がなかったK君
私が子ども達の食事(食べ物)に大きな疑問と関心を持つようになったのは、もう今から14~15年も前の事ですが、決定的だったのは5年前に3歳で入園してきたK君に出会ってからです。
K君は色が白くて小柄で、目鼻立ちの整ったとても可愛い男の子で、3歳児にしては珍しくお母さんの後追いもせず、物静かでおとなしいな…と感じていました。
ところが、日が経つにつれ、K君のそんな様子にはある原因があることがわかってきたのです。K君はおとなしいのではなく、まるで生気がなかったのです。青白い顔でいつもとろ~んとしていて、その上落ち着きもないのです。
また、咀嚼機能も弱く、言葉の発音にも問題があり、更に軽いアトピー症も持っていて体のどこかをいつもゴシゴシと掻いている、遊びに集中できない心配な子でした。
抱っこをするといつも体が冷たく、今で言う低体温症であったのです。
そんなK君が私はとても気がかりでなりませんでした。そこで、朝は私の方からK君を見つけ、「K君、おはよう!」と声をかけ、できるだけ言葉かけをするよう心がけました。なかなか反応してくれるK君ではありませんでしたが、その内に少しずつ慣れ、私の目を瞬間でも見てくれるようになってきました。
ある日、私からの呼びかけに反応し、「おはよう…」と返してくれたK君の口から甘い匂いが漂ってくるのに気が付きました。しかも、その甘い匂いは毎日続くのです。
「ねぇK君、今日の朝ごはん、何食べてきた?」と尋ねると、とても弱々しい声で「メロンパンとジュース…」という答えが返ってきました。
そこで毎朝、私はK君に朝ご飯のことを尋ねてみることにしました。すると驚くことに、パンの種類と飲み物の内容は変わるものの、何と来る日も来る日も、菓子パンと牛乳とジュースといった、米粒を一つも入れない朝食の連続だったのです
甘い匂いはいつしか、K君の口の中にしっかりと染みついてしまっていました。そして、落ち着きのなさは益々ひどくなり、肌の状態もさらに悪く、時には奇声を発するようになっていきました。
■悲しいお弁当を見て お母さんに直接訴え
ある日、私はK君のお昼がとても気になり、その日はちょうどお弁当の日でしたので、ちょっと教室を覗いてみることにしました。お弁当の時間になり、さりげなくK君が開けたお弁当の中身を見て、私と担任は思わず声を上げそうになりました。
なんとそこには、ジャムとクリームが挟んであるだけの、パン屋さんから買ってきた菓子パンがまたザクザクと切って入れてある、とても悲しく侘びしいお弁当風景が広がっていたのです。
私はその場でK君を抱きしめてやりたいような衝動にかられ、胸がいっぱいになりました。そして、黙ってパンをほおばるK君のことがとても不憫で可哀想で、居ても立ってもいられなくなったのです。
そこで、私は思いきってお母さんにお話ししてみることにしました。
K君には妹がいて、お母さんは赤ちゃんの世話に忙しく、また、その赤ちゃんがとてもひどいアトピー症で、お母さん自身が悩んでいたり、精神的にあまり強い方ではありませんでしたので、こちらも慎重に言葉を選びながら、お話をしました。
「お母さん、K君はブロック遊びがとても大好きで、個性豊かなお子さんですよ。時々はお友達とお外遊びも楽しんでいますが、パンやジュースだけでは遊びや活動に力が入らないようです」、「おかずはいりませんから、梅干しやおかかを入れたのり巻きを一個、御弁当に入れてあげて下さい。ごはんはとても力になり、できるだけごはんが…」と続けているうち、お母さんの目にジワーッと涙がにじみ出てきました。
しまった!お母さんを追いつめてしまった…と心配になり、次の言葉を探していると、「先生、すみません、○○がパンを好きなものですから、私ついつい手抜きばかりしてしまって…。これから気を付けます。」と、私の言葉をとても素直に受け入れて下さったのです。
■ご飯中心の食生活で様々な問題が改善に
とても真面目なお母さんでしたので、お弁当には早速おにぎりが入るようになりました。のり巻きやふりかけをまぶした、本当におにぎり一個だけの粗末なお弁当でしたが、K君はそれをとても喜びました。また、朝もご飯とみそ汁を心がけて下さるようになり、その結果、K君の口からも次第に甘い匂いが消えていったのです。
こうして、K君の朝ごはんとお弁当がパンからご飯に切り替わったことで、私もひとまず安心し、そのまましばらくK君のことを見守ることにしました。
その後、一ヵ月過ぎた辺り頃から表情に明るさが見え始め、いつも私の方からしていた朝の挨拶も、K君の方から私を見つけ、はにかみながらもにっこりと笑って「おはよう…」と言えるようになってきたのです。
その内、時間と共にK君が抱えていた様々な問題にも少しずつ変化の兆しが見え始め、3才児の終わり頃にはあの奇声もすっかり収まって、安定した様子が見られるようになりました。
更に驚くことには、あんなにひどかったアトピー症のカサカサとした乾燥肌が、4才児の中ごろには殆ど見られなくなり、年少時の頃のようにゴシゴシと掻くことがすっかりなくなっていたのです。これは大変驚きました。
お母さんにどんな治療をしたのか尋ねてみますと、K君は病院には通っておらず、アトピー症がひどい下の子の薬を時々塗っていた程度で、それも4才になってからは全く使用していないという返事でした。
そこで、K君のトラブル改善はそれまでのパン・ジュースから『ごはん』中心の食生活に切り替えてもらった、そのことがアトピー症の改善につながったのだと、この時私ははっきりと実感したのです。
■食のあり方ひとつでこんなにも育ちが違う
私は食の専門家でも何でもありませんが、幼稚園での子ども達の育ちや発達を通して、さらに、K君の事例とK君が変わっていく現実を目の当たりにして、子ども達が抱える様々な問題の多くが、その原因に“日々の食生活”が大きく影響していると、自信をもって断言できるのです。
体温が36度以下という、びっくりするような子どもや、アトピーや食アレルギーといった子ども達、そして、落ち着きがない子ども達が14~15年くらい前から目立って多くなってきましたが、そういった問題の多くに、日々の間違った、狂った食事の在り方が原因しているのです。
当園にもそういった問題を抱えた子ども達が毎年何人か入園してはきますが、そういった気になる子ども達も、当園の無添加・無農薬の食材を使った自園式の給食を通して、さらには、ご家庭における“ご飯と味噌汁”での登園「朝ごはん運動」を通して、問題が顕著に改善され、子ども達の育ちに良い変化をもたらしています。
落ち着きのない子ども達が、相手の目を見て静かにお話が聴けるようになってきたり、アトピーや食アレルギーといった子ども達にも、驚くほどの回復の兆しが見られ、食の在り方ひとつで、こんなにも子供たちの育ちが違うものかと、今、当園の全職員が確かな手応えとして“食育”の重要性を肌で感じているところです。
■間違った食べ物が脳と体を破壊する
子ども達の健全なる脳と体をつくるには、血や骨や肉となる我々日本民族のDNAと子ども達の育ちに合った『伝統和食』こそが、最適な食育のあり方であるということは、今さら言うまでもありません。それは、“梅干し・納豆・味噌・醤油”といった『発酵食品』や、“米・麦・稗・粟”といった『穀物』を中心として確立されてきたものであり、これこそが日本の風土と私達のDNAに合った「医食同源」を基本とする“真の食育”なのです。
ところが最近の子ども達の食べ物(食事)と言えば、お腹を満たすためだけの言わばおやつ的な要素のパン・麺・菓子といった、一時凌ぎのような食事が日常茶飯事となってしまっています。
幼稚園で、問題を抱え気にかかる子ども達によくよく聞いてみると、朝から菓子パンやジュース、ドーナツやコーンフレーク、フライドポテトやスナック菓子、スパゲティ、ピザといった、成長発達の過程にある子ども達の朝ごはんとはとても思えないような、びっくりする程のとんでもない朝ごはんの様子が、子ども達の口から語られるのです。
そして、深刻な子ども達程、そういった手軽で便利で簡単な食のあり方が、家庭生活の中にすっかり定着してしまっているのです。
朝から、油・ケチャップ・マヨネーズ・チーズ・バターを中心とする麺類やパン食、また、肉・卵・砂糖・乳製品たっぷりのどろどろした洋食。これで一体どうして子ども達が心身共に健康で逞しく育つことができましょうか。
しかも、これは朝ごはんだけに留まらず、口々三度三度の食事がこのような信じ難い現実となってしまっているのです。
この現実を私達はどう受け止め、どう手立てすればよいのでしょうか。これだけ欧米化されてしまった日本の食卓を、手抜きされてしまった子ども達の食生活を。